大鹿村は、平安時代から荘園として開発されており、大河原鹿塩という所領の名で「吾妻鏡」にも登場しています。重要文化財に指定されている長野県最古の木造建築である福徳寺薬師堂にそのその歴史の古さが象徴されています。隔絶されたかに見える山間地ですが、古道を通じて都の文化がこの村にも入っていたことが伺われます。
 また、伊那谷は、民俗芸能の宝庫と言われるほど、多くの祭りを伝え、歌舞伎・人形芝居などが盛んな地域であり、各地に舞台も多く建てられ、三味線を弾き、浄瑠璃を語る人々も多かったといわれています。

 大鹿歌舞伎が受け継がれてきた背景には、こうした村の人々の歌舞伎に対する愛着の土壌が豊かに育っていたことが挙げられます。

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